続豊治の子孫残した資料が函館へ

update 2003/10/19 11:01

 日本初の洋船「箱館丸」を造った船大工、続(つづき)豊治(1798―1880年)の6代目にあたる子孫、故・続一郎さんが残した書籍や船図などの資料が、函館市に寄贈されることになった。一郎さんの長男、続雅明さん(54)=千葉市在住=を介してこのほど、段ボール100箱分の資料が函館市内の関係者の元に届けられた。分類した上で、来年4月にも、市立函館図書館に贈られる。

 続一郎さんは、豊治の足跡や郷土史などに興味を持ち、会社員として勤める傍ら、精力的に研究を続け、1997年に83歳で亡くなった。生まれ育った函館には調査・研究のため、たびたび足を運んでいたという。

 資料は、郷土史や海事史、造船に関する文献、一般図書など、一郎さんが集めたおよそ2000点。木箱に入った船図、英字で書かれた外国文献の写しなどもある。

 雅明さんが、一郎さん亡き後、その活用・処分法に頭を悩ませていたところ、函館の富岡由夫さん(函館産業遺産研究会会長)、中山浩一さん(中山薬品商会社長)、澤田石久己さん(よみがえる箱館丸の会代表)らを通じて、寄贈の話がまとまり、資料の“里帰り”が実現することになった。

 資料は数量が多く、分類には専門性を要するため、同館に扱いを一任。当面、市内の倉庫で保管し、来年4月にも同館の郷土史担当の司書らが分類作業に着手、郷土資料と一般図書とを分類した上、引き取る見通し。

 資料の種類や価値は、分類作業に入らなければ明らかでないが、仲介役などを買って出た関係者は「宝物があるに違いない」と、期待をふくらませている。

 復元した「箱館丸」の活用などに取り組む「よみがえる箱館丸の会」の澤田石代表(55)は、「函館にとって箱館丸、続豊治は大切な存在。(今回の資料は)私たちにすればすごい宝物。いい形で市民にPRしてほしい」と目を輝かせている。

提供 - 函館新聞社



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