共愛会病院・福島院長が被災地の現状語る

update 2011/3/27 10:46


東日本大震災の被災地で緊急医療支援に当たってきた函館共愛会病院(函館市中島町)の第1次医療チームが帰函した。系列病院などでつくる災害派遣医療のNPO法人「TMAT(ティーマット)」の副理事長で、第1陣として宮城県気仙沼市入りした福島安義院長(68)が被災地の医療の現状や課題を語った。

 第1陣は福島院長と看護師2人、事務職員1人の計4人。13日に気仙沼市入りし、市内本吉地区にある本吉病院や、約1200人が避難した中学校を中心に20日まで医療支援に当たった。福島院長は一度函館に戻った後、第2次チームへの引き継ぎ業務で再び現地入りし24日、帰函した。

 新潟中越地震、中越沖地震での災害医療を体験した福島院長だったが、「これまでの震災とは異質」と語った。

 気仙沼市は地震による津波で甚大な被害をもたらした市町村の一つ。今回、幹線道路やライフラインが寸断され、救援物資が届かない状況で診療に当たった。

 避難所には、着の身着のままでの姿で逃れた人ばかり。そのほとんどが帰るべき家を津波で失っていた。「新潟の地震の時は、家が倒壊しても生活物資が残ったままだったり、状況によっては戻ることもできた。だが、今回は家ごと津波に流され、避難所にはまだたくさん被災者が、行き場がなくとどまっている」と話す。

 福島院長らが常駐した病院やそばの院外薬局も津波で浸水し、医薬品やカルテが水浸しとなった。函館から持ち込んだ医薬品、衛生用品はすぐに無くなり、何度も調達を要請した。

 病院での診療のほか、近隣の避難所へ巡回診療も行い、多い時で幼児から高齢者まで230人以上を診たこともあった。外傷の手当ては予想よりも少なく、低体温症や持病など内科診療が大半だった。

 カルテや薬の処方箋がほとんどないために「糖尿病や高血圧症など疾病者の処置に苦慮した」と振り返る。避難所ではエコノミー症候群や感染症の蔓延に警戒したが、毎日、1人か2人が体調を悪化させ、気仙沼市立病院に救急搬送された。

             ◇

 18日、自衛隊のヘリコプターでようやく救援物資が届けられた。この間、ガソリンや灯油が不足し、暖房が使えず寒さに耐えながら過ごした。ガソリンスタンドの前には2`にもわたり給油待ちの乗用車が並んだ。救急搬送車両を除き給油制限も行われた。

 過酷な状況下でも、心温まる光景が見られた。避難所の前では被災を免れた住民が食材を持ち寄り朝、夕食の炊き出しをした。「避難所にいる人も協力的で、地域の助け合いを目にすることができた。それが唯一の救いだった」と話す。

 今後の課題として「中核病院に集中した患者を他の医療機関にどう引き継ぐか、地域の医療連携が問われる」。一方で、「役所機能が壊滅した地域に救援がなかなか行き届かなかった」と指摘し、「市町村の垣根を超えた、広域的な視点に立った防災計画や救援体制の見直しが必要」と訴えた。

提供 - 函館新聞社


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