三十三観音“完成”…湯川寺で開眼法要

update 2007/10/6 13:41

 函館市湯川町3の湯川(とうせん)寺(筒井英順住職)の境内に安置されている「西国移土三十三観音」の開眼法要が5日、行われた。この観音の多くは、江戸時代の天保年間に函館山に置かれていた石仏で、明治時代に函館山要塞の建設に伴い山から下ろされ、大正時代に当時の湯川村に来た。庭園型に並ぶ観音を前に筒井住職(52)は「函館山に観音を建てた人の志を伝え続けていきたい」と話している。

 函館山の観音像は天保年間、山のふもとにある称名寺の住職の呼びかけに応じた檀家の蛯子長兵衛が西国三十三観音の分霊所を作る計画を立て、高田屋嘉兵衛などが世話人となり1834年に完成した。

 1897(明治30)年ごろ、函館山が旧日本軍の要塞建設のため一般人の立ち入りが禁止になり、観音像は称名寺などに下ろされた。1928(大正3)年、湯川村民の願いで同村に移設。湯川寺に1番観音が置かれたほか、函館競馬場や見晴公園などに置かれた。

 その後、道路の拡張や、管理する人が居ないなどの理由で75年に湯川寺境内に集められたが、2004年の区画整理事業により境内の中で移動することになった。これを機に、筒井住職ら檀家が同年から3年かけて滋賀などの西国三十三観音礼所を巡拝し、霊場の土を持ち帰って土台の一部を作り「西国移土三十三観音」を完成させた。

 開眼式には檀家や関係者約200人が参加。テープカット後、すべての観音の幕が下ろされた。観音はきれいに磨かれており、舟形光背(ふながたこうはい)といわれる背後から頭上にかけてそった形の33体が披露された。移設を繰り返したため、10体は新しく作り直された。

 法要後、参加者は筒井住職に続き三十三観音巡拝をした。檀家で同市榎本町の伊藤博さん(86)は「函館山の設置から約170年かかりこのような姿になり感無量。参拝しやすくなったので、多くの人に来てもらいたい」と話していた。

提供 - 函館新聞社



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