おや?中に電気が!

よくよく見ると、ネットの奥の上階部の真中に何か明かりが!?
中に工事用の電灯が付いたようですよ。

さて今日は、江戸っ子・榎本武明です。

江戸下谷御徒町の直参旗本の家の次男として生まれた榎本武明、またの名を釜次郎。なんと実兄の名は鍋次郎という!?
榎本武明は幼い時から聡明で、最初に天文学を学び、昌平黌で儒学を、江川太郎左衛門からオランダ語、アメリカ帰りの中浜万次郎(ジョン万次郎)から英語を学ぶという英才教育を受けて育つ。箱館奉行・堀織部正の小姓として箱館にも来たこともある。その後、長崎の海軍伝習所に入所、航海術などを学び、オランダに留学。そこで後に開陽丸となる船、「フォールリヒター」に出会う。日本の軍艦となったその船で激動の日本に戻ると、軍艦奉行となった榎本は降伏をよしとせず、開陽丸以下八艦の軍艦を従え江戸を脱走し蝦夷を目指すことになる。
新政府軍の猛撃で苦戦を強いられた箱館戦争では、見方軍の劣勢を聞くと、総裁でありながら戦場に馬を馳せ、兵士達を鼓舞することもあったという。奮戦空しく、明治2年5月18日降伏。
2年半の投獄の身となるが、放免後は北海道開拓使として出仕。諸外国公使、外務大臣などを歴任し子爵の称号を受ける。
明治40年10月26日、没。享年75歳。

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